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東京高等裁判所 昭和57年(ネ)235号 判決 1983年1月18日

控訴人 沢木竹雄

被控訴人

禁治産者沢木ミツ子後見監督人

川辺フサ

主文

原判決を取り消す。

控訴人と沢木ミツ子(本籍・住所控訴人と同じ。)を離婚する。

控訴人と沢木ミツ子間の長男栄(昭和四八年一一月二二日)、次男新(昭和五一年八月三一日生)の親権者を控訴人と定める。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は、被控訴人が「控訴人主張の請求原因事実は争う。」と述べ、控訴代理人が当審における控訴人本人尋問の結果を援用し、当裁判所が職権をもつて被控訴人本人を尋問したほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

理由

その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第一、第三号証、原審における控訴人本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第二、第四号証、原審及び当審における控訴人及び被控訴人各本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができる。

(控訴人と沢木ミツ子の婚姻)

控訴人は、昭和四七年九月二二日沢木ミツ子と婚姻して、その届出を了し、同人との間に長男栄(昭和四八年一一月二二日生)、次男新(昭和五一年八月三一日生)をもうけた。

(ミツ子に対する禁治産宣告)

控訴人の妻ミツ子は昭和五六年四月三日確定した審判により禁治産宣告を受け、控訴人がその後見人に就任し、被控訴人は、同日後見監督人に就任した。

(ミツ子の心神の状況)

ミツ子は性来、軽愚程度の精神薄弱者であり、結婚前の昭和四六年五月二六日、歩行中突然てんかん発作を起し、同年六月一日国立○○○病院で受診し、以来服薬していた。同人は結婚後は、長男栄の妊娠一〇か月ころに一度発作を起こしたほかには特段の異常はなく、普通の結婚生活を送つていた。しかし、次男新を懐妊して四か月ころの昭和五一年三月末から同年四月上旬にかけて全身性硬直間代発作が頻発し、昭和五二年八月三一日次男新出産後は、発作を繰り返えすとともに症状も次第に重くなり、昭和五四年一二月一一日早朝、発作のため救急車により入院して治療を受け、同月二七日一旦退院したが、昭和五五年三月二八日夕刻、発作により重篤な状態に陥り、救急車で国立○○○病院精神科に入院し、それ以来、引き続き現在に至るまで同病院に入院加療中である。

ミツ子の現在の身体症状は、瞳孔左右ともに軽度散瞳、対光反射緩徐、発語緩徐、四肢緊張の低下等全身の筋肉の反射運動の減弱を主症状とし、更に手指の企図振戦、書字障害があり、特に保続性が認められ、脳神経全般にわたつての器質性の障害が認められる。また、脳波検査においてはてんかん性脳波異常が、コンピコーター脳断層X線検査においては全般性の大脳及び小脳の委縮像が認められる。次に精神症状としては、思考の保続及び健忘、失語等の病的症状が認められ、知能面では、見当識障害、記憶曖昧、理解把握力が極めて不充分、計算能力極劣悪、思考内容は幼稚で思弁能力絶無に近く、現在の知能は六歳以下に低下しており、また、情意面でも感情浅薄で幼児のような依存的感情を示し、直情的行動とともに抑制能力に乏しく被影響性が強く、要するに知情意全般にわたつて著しく低格化している。以上の精神症状は基底に精神薄弱があり、反覆するてんかん発作のため脳組織が損傷され、脳実質が広般に萎縮した器質的障害によつて結果した痴呆化である。そして、今後更にてんかん発作を引きおこせば痴呆化がより進行することが予測され、現在の精神状態が改善される見込みはない。

(控訴人の現状とミツ子に対する看護療養の実情及び今後の方途)

控訴人は、中学校卒業以来株式会社○○○でプレス工として勤務し、現在月収約一六万円を得ているものであり、婚姻当初から家計はほとんど控訴人の勤労収入によつて維持されてきた。控訴人は昭和四六年以降ミツ子がてんかん性発作を繰り返えし、次第に家政能力を喪失するに至つて以来、右勤務の一方家事、育児も実母の援助を受けながら自らの手で行つており、ミツ子の病気治療には積極的に協力し、入院中のミツ子を毎月欠かさず、一、二度見舞つて来た。しかし、約一〇年間に亘る右のような生活状況は、控訴人に精神的、肉体的重圧として重くのしかかり、時が経つにつれ次第に将来の生活、子供の行末に不安を覚え、ミツ子に回復の見込みがないことを知るに至つて同人と離婚のうえ再婚して新らしい家庭を築き、子供達に幸せな家庭生活を送らせたいというのが控訴人の念願である。

ミツ子は幼くして父を失い、肉身としては年老いた母がいるのみである(なお、母の姉二人、妹一人がいるが、いずれも高齢でその子に扶養されている。)うえ、その母は病気で昭和五二年四月七日以来入院治療を続けていて、その生計を亡夫の厚生年金の遺族年金によつて辛うじて保持しているため、ミツ子が控訴人と離婚し、控訴人の扶助協力を得られなくなる場合には、社会的公的な扶助によつて生活し、かつ医療措置を受ける他ないという事情にあるので、控訴人は、離婚してもミツ子が生活保護法に基づく生活保護を受けて療養生活を続けて行くことができるようにするため、○○福祉事務所にその旨申し出て、離婚が成立した場合にミツ子に対する生活扶助の措置を講ずるについて一応の諒解を得、また国立○○○病院からは、ミツ子に対する生活保護法に基づく医療扶助が決定された場合、医療担当機関としての指定を受けることの内諾を得た。

控訴人はミツ子の実家の前叙のような実情を考慮し、ミツ子と離婚後もできるだけ面会にいき、同女が子供らに会いたいといえば面接させ、同女を精神的に援護する旨誠意を表明している。

以上のとおり認められるところ、右認定事実によれば、ミツ子の精神状態は、夫婦の同居、協力、扶助義務を果すことが全くできない程度に痴呆化していて、それが更に進行する可能性はあつても、改善の見込みがないから、離婚原因としての「強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき」に当ると解するのが相当であり、右ミツ子の病状にかかわらず、控訴人とミツ子の婚姻の継続を相当と認める場合には当らないというべきである。

以上説示したところによれば控訴人の本件離婚請求は正当として認容すべきであり、右と趣旨を異にする原判決は失当であつて、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消して控訴人の請求を認容し、かつ、長男栄、次男新の親権者を控訴人と定めることとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 真榮田哲 塩谷雄 裁判長裁判官 蕪山厳は差支えにつき署名押印することができない。 裁判官 真榮田哲)

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